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2013年 03月 12日
円を描く
BER-派生語の説明に円を描くのは私だが,円といえば禅宗の坊主も描く.そんなわけで,以下は,吉川英治「宮本武蔵」(青空文庫で全巻公開中.引用はこのXHTMLファイルから)の最終巻「08 円明の巻」からその場面である.

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武蔵がいう、思い出した人というのは、彼がまだ十九か二十歳の向う見ずに道を求めてさまよっていた時代――京都の妙心寺の禅室へ足しげく通っていたことがあって――その頃、啓蒙の師事をうけた前(さきの)法山の住、愚堂和尚、べつの名を東寔(とうしょく)ともいう禅師だった。

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「もしっ。和上っ……」
 二度目にさけんだ時は、武蔵はもう前後も弁(わきま)えなかった。ただ燃え苦しむ火のかたまりのように駈け転(まろ)んで行って、愚堂の跫(あし)もとへ、
「一言(ひとこと)っ。一言を! ……」
 とのみいったきりで、大地へ面(おもて)を伏せていた。
 そしてじっと――武蔵は全身でその人の一言を待っていたが、いつまでも、実にいつまでも、答えはなかった。
 武蔵は待ちきれず、こよいこそは、抱懐の疑義を糺(ただ)そうものと、いいかけると、
「聞いておる」
 愚堂は初めて、口を開いて、
「又八坊から、毎晩のように、聞いておるので万承知じゃ。……女子(おなご)のことも」
 終りの一句に、武蔵は、水をかけられたここちだった。面(おもて)も上げ得ずにいた。
「又八、棒切れを貸せ」
 愚堂はいって、彼の拾った棒切れをうけ取った。武蔵は、頭上に下る三十棒を観念して、眼をふさいでいたが、棒は彼の頭(こうべ)には来ないで、彼の坐している外を、ぐるりと駈けて廻った。
 愚堂は、棒の先で、地へ大きな円(まる)を描いたのである。――その円の中に、武蔵の姿は在った。

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菊田一夫のすれ違いドラマ「君の名は」(1952-53)も,黒沢明の映画「七人の侍」(1954)も,淵源は吉川英治「宮本武蔵」(1935-39).お通と武蔵のすれ違いは作品全編を通じての話だが,後者については「06 空の巻」の「土匪来」を一読すれば歴然.なお,青空文庫の「宮本武蔵」全巻を一本にまとめたファイルは以下で手に入る.全文検索のために,私はこれを Kindle PW に入れている.読むときは,青空文庫から公開されるのを待ち構えてダウンロード,そのつど kobo Glo に入れて読んだ.

曇天文庫 http://blogs.yahoo.co.jp/a_bucha_bucha/38849954.html

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by sanggarnote | 2013-03-12 10:34 | 文法


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