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2012年 04月 30日
tinggi duduk
身長 tinggi badan,座高 tinggi duduk, 体重 berat badan, 胸囲 lingkar badan.

「UI 日本科5年女子学生より聞き取り」とある古い語彙カード(おそらくは 1971年)が見つかって,そこからのデータである.「座高」 tinggi duduk を KKM に追加した.この「座高」,41年間の眠りから目覚めたというところだ.

確認するつもりで "tinggi duduk" を検索してみると, "Berdiri sama tinggi duduk sama rendah",「立っては同じ高さ,座しては同じ低さ」(身分に上下の差がない,平等である)という諺ばかりが網にかかり,「座高」 tinggi duduk を見つけ出すのは一苦労だった.それが出てきたのは,下記のインドネシア栄養学会 Persatuan Ahli Gizi Indonesia (PERSAGI) のサイトにあった論文.ふつうのインドネシア人はあまり「座高」など気にしない,話題にしないものと見える.(気にするのは胴長の日本人だけ?)(*)

"Perbedaan pola pertumbuhan tinggi badan, tinggi duduk, indeks skelik antara anak-anak daerah rural dan urban usia 7-15 tahun di Daerah Istimewa Yogyakarta"

skelic index: an anthropometric index consisting of the ratio of the length of the leg to the length of the trunk multiplied by 100 (www.merriam-webster.com)

脚長か胴長かを端的に示す指数がこの skelic index のようである.

(*)日本語「座高」の検索は苦労なしである.すなわち,
- 小・中・高校での身体測定を大幅見直し 座高測定を取りやめに (2012/02/19)
- 子供のころ、座高も高いほうがいいのかと思ってて、 精一杯背伸びして測って、座高高いの自慢してたわー
等々. [Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-30 05:51
2012年 04月 29日
saham kosong
昔の古い切り抜きが出てきた.次は,その一枚,「疲労する長期政権 インドネシア --- スハルト七選へ (下)」(朝日,2/23-1998) から「救出」した情報.
「サハム・コソン」というインドネシア語がある.「カラの株」の意味だ.日本企業関係者は「のれん出資」ともいう.
現地企業の出資は名目だけで,実際は全額を外国企業が負担する合弁企業だ.インドネシアではかなり普通に行われている.
現地側の出資はカネではなく,「のれん」,つまり高官とのつながりだ.

どうだろう,この saham kosong, 時代が変わってすでに死語?[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-29 10:15 | 語彙
2012年 04月 29日
Indonesia?
"New iPad Hadir di 9 Negara, Indonesia?" (detikinet, 27/04/2012)

+ Indonesia? (インドネシアは?)
- Belum. (まだである)

この対話を一人でやってしまえば,Indonesia belum. (インドネシアはまだである)

つまり,このセンテンス Indonesia belum. を発音するときには,上の問答を一人でやる,そういうイントネーションでやらなければダメだということである.

ところで,4/27 販売開始となる9ヵ国は次.

Adapun sembilan negara yang disambangi new iPad mulai Jumat (27/4/2012) adalah Kolombia, Estonia, India, Israel, Latvia, Lithuania, Montenegro, Afrika Selatan dan Thailand.

Sekali lagi, ada dua negara besar di Asia yang dilewatkan oleh tablet Apple ini, yakni China dan Indonesia. Demikian yang detikINET kutip dari The Next Web.

タイは入ったが,アジアの二大国中国とインドネシアはまたとばされた,と書いている段落である.中国市場については商標権問題が解決次第,インドネシアについては,シンガポール>タイ>インドネシアという順番を考えているので,もう少しお待ち下さいというようなことなのだろう.[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-29 08:19
2012年 04月 27日
改版作業中
a0051297_6342386.jpgこんなページも加えた.http://sanggar.exblog.jp/13166562/.「Ini baru bir.: これでこそビール」の前である.

段々と Tatabahasa Bahasa Indonesia Bergambar --- sebuah percobaan らしくなったゆく.[Sg]


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by sanggarnote | 2012-04-27 06:38 | 文法
2012年 04月 26日
MEMPER- の章
次の MEMPER- の章を「文法篇 改版」に加えることにした.

MEMPER- の章
 mempercepat (より早める)
 memperistrikan (妻を持たせる)
 perhati (KBBI_3 のエントリー perhati)
 Roolvink 論文を読む

最後のは,Roolvink, "The Passive-Active PER-/BER- // PER-/MEMPER- Correspondence in Malay" (1956年, Lingua 15) を紹介した「MEMPER- について」(1982年,第13回日本インドネシア学会要旨) の簡約バージョン http://sanggar.exblog.jp/15127137/ である.[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-26 18:35 | 文法
2012年 04月 25日
sopan-santun saat memotret
"Sopan-santun Saat Memotret, Apa Itu?" (detikinet, 24/04/2012)

写真撮影のマナーについての記事である.カメラマンとしての心得を書いているので,出てくる動詞は BER-動詞ではなく,memotret, dipotret, difoto などの ME-動詞である.

2. Saat memotret seseorang yang belum dikenal, tidak harus langsung jepret. Perlu meminta izin dulu karena tidak semua orang suka dipotret. Anda juga perlu menjelaskan tujuan memotret untuk keperluan pribadi ataukah komersial.

Buat subjek foto Anda senyaman mungkin untuk difoto dengan diajak berkomunikasi. Sehingga hasil foto terlihat luwes dan tidak canggung.

tidak harus: 「ねばならないというわけではない」のはずだが,ここでは「すべきではない」と読む他ない.
Buat subjek foto Anda: うっかり「にとって」の buat と読んで行き詰まってしまったが,正解は「せしめる」membuat の命令のゼロ形 buat. -lah をつけて,Buatlah ... と書き出してくれていたら,紛らわしくなかった.「被写体の相手に話しかけて,出来るだけ緊張感をほぐしてやるのが大切だ」というのである.[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-25 07:22 | 文法
2012年 04月 24日
MEMPER- について
我々は,例えば diperoleh という動詞を見れば,当然のこととして memperoleh という語形もまた存在すると考える.しかし,古典マレー語には,その語形はなかったと, Roolvink, "The Passive-Active PER-/BER- // PER-/MEMPER- Correspondence in Malay" (1956年, Lingua 15, 310-337ペ) は報告している.

彼が調査した古典マレー語のテキスト15点の結果は次の通り (315-316ペ).

Hikayat Raja-raja Pasai, Qasidatu'l-Burda* (*印は校訂本),Sejarah Melayu (Raffles 本),Hikayat Aceh*, Hikayat Bayan Budiman*, Hikayat Kalila dan Damina, Hikayat Iskandar*,Hikayat Johor* には,memper- は見事に1回も現れない.

Sejarah Melayu (Abdullah 本),Hikayat Hang Tuah に mempersembahkan が1回づつ,Misa Melayu に同じくそれが2回,Hikayat Muhammad に memperdayakan が1回現れるが,これは「写本作成者が原本を正確に写さず,代わりに自分にファミリアーな語形をすべりこませた疑いが濃い」(316ペ).

これらとやや趣を異にするのが,Hikayat Seri Rama と Sang Boma である.前者で14回,後者で24回,memper- が現れる.「写し間違いにしては多過ぎる.今日のマレー語/インドネシア語に通じる新しい傾向が動き始めたことを反映しているだろう」(316ペ) と,Roolvink は評し,特に両書がジャワ文学系の作品であることを指摘している.Hikayat Abdullah (1843年擱筆) は,memperanakkan が1回だけ.単純な slip of the pen (316ペ) だと,Roolvink は見ている.

このように,「古典マレー語に memper-/per- という《能動/受動》の対応はなお成立していなかった.存在したのは,ber-/per- という《能動/受動》の対応であった.古典マレー語期には能動・他動の ber- がなお多数存在していたのである.しかし,時と共に ber- の自動詞化はすすみ,《能動》の相手を失った per- は,新たに《能動》の memper- を迎えて,memper-/per- の《能動/受動》の対応を作るようになった」(332-333ペ).古典マレー語に memper- なしの調査結果を踏まえながら,Roolvink 論文が主張するのは,およそ以上のような内容である.(「MEMPER- について」1982年,第13回日本インドネシア学会要旨から)



私の説明の仕方は,ME-(bersatu)-KAN → mempersatukan,ME-(belajar)-I → mempelajari だが,どうも歴史的には,ME- との関係なしに,BER- : PER- という対応が存在していた,というのが事実らしい.[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-24 17:13 | 文法
2012年 04月 24日
文法篇 改版作業中
文法篇 (2010年発行) は,かなり限定した発行部数にしたのですでに habis であるし,またノドの余白はもっとあった方がいいような感じなので,改めてのりしろ余白をもう少し大きく設定した改版を出すことにした。内容的には「型とケーキ」のイラストを新しいものと差し替えたことと,追補の章に「Gonda 論文を読む」(以下参照) を加えただけで,他は旧版と変わらない。

Gonda 論文 "Reflections on the Indo-European medium" を読んで

1. はじめに

「BER- 動詞は本来 subject の自分自身のためにする行為を表す機能を持つのであり,言語学でいう medium <中動>,サンスクリット文法でいう Atmanepadam <為自言>にあたる」。このようにして Tendeloo (1895年,123-131ペ)に始まった BER-中動説をいわば <主体>態として把握し直す BER- 円体論を試みた筆者としては,本家印欧言語学のなかで中動態がどう定義されてきたかは大いに知りたいところであった。佐々木 (1978年) は Benveniste (1950年) は見た。しかし今回報告しようとする Gonda 論文は見落としていた。印欧語中動態研究の必須論文と知った後も,まさかマレー語(インドネシア語)に言及して,本来的機能における中動態は TER- 動詞にこそ相当するなどと述べていようとは夢思わずにいた。

2. Benveniste の external と internal

Gonda 論文はまず Vendryes, Jespersen, Bloomfield, Hockett など過去40年間の言語学の代表的テキストにおいて,中動態がいかに不適切,不十分な考察しか受けていないかを指摘する。「このカテゴリーの機能,また存在自体が説明つけられていないでいる」(108ペ)というわけである。ついで Brugmann, Meillet, Buck, Kurylowitz, Debrunner ら専門家の見解の検討に入り, Benveniste 論文に至って,「疑いもなくこれまでの定義より一歩前進している」(118ペ)との評価を与えている。

能動態と中動態の対立を,外と内,つまり「subject に発しその外で完成するプロセス」を示す<外在>態,「subject がその le siege <座>であるプロセス」を示す<内在>態,と把握するのが Benveniste 説である。まことに鮮やかであり,とくに能動の分析が小気味よい。成程,<幹事>と<コンパ>の関係は external である,<参加者>と<コンパ>の関係は internal だと,筆者などはよく納得がゆくのであるが,Gonda も大いに興味をそそられて強い反応を示している(119ペ参照)。1950年の Benveniste のこの論文が Gonda 論文(1960年)を引き出したと言って差し支えあるまい。

3.Gonda の active と eventive

Gonda は,再帰・運動・姿勢・身なり・相互・受動その他もろもろの通常中動態の機能として列挙されるものの根底に横たわる basic meaning を求め (127ペ),それが eventive だと説く。つまり,<生まれる>,<死ぬ>のように「プロセスが人や物に関連して行なわれる,作用を及ぼす,起こる」ことを意味するのが中動態の本来的機能だと結論するのである (143ペ)。

Gonda の能動態の定義はごく地味で,the subject performs a process (145ペ) だから,能動との対立は,active 対 eventive ということになる。「半未開的で古代的だった人々は明らかに様々な理由から能動形を避けたいという気持ちをいだき,多少とも eventive な表現を用いる方を選んだ ... 彼はプロセスの seat である人(または物)を subject として,それを中動態と結びつけた」(151ペ)。印欧諸語の古代期に非常に盛んであったのはこの用法なのだ (126ペ)と, Gonda は述べている。

4.TER- の登場

TER- 動詞が登場するのは,このような eventive を表現する動詞形態が数多くの言語に広く存在する (152ペ) という文脈においてである。BER- 中動態説に慣れ親しんだ身には全く思いがけない展開だが,「意志に反して,意図的でなく,多少とも自動的」(126ペ) なら,確かに TER- 動詞, tersenyum <微笑む>,tertidur <居眠りする> terkejut <ギョッと驚く>, termakan racun <間違って毒を飲む>などの出番に違いない。Gonda はさらに「完了,し切れない」系統の terkepung <包囲された>,tiada terangkat <持ち上げ切れない>, tiada terjalan <歩けない>の語も出している (152ペ)。

5.中動態の subject

上の引用に見る通り,Gonda はこの中動態の subject を「プロセスの seat <座> である人(または物)」と述べている. the 'seat' は, Benveniste の le siege の英訳なのだろう.ところで,高津 (1954年,263ペ)がアッサリ「動作の主体を中心に考える medium 」と書いているように,これは日本語なら<主体>だというのが筆者の考えである。これに subject の訳語を与えて澄まし顔なのが和英辞典だけれども,欧文脈では Gonda のように説明しなければ意味をなさないというのが本当のところだろう。

6.おわりに

インドネシア語にはない現象だが,<主体を主語とする>中動態という立場から次の二点に触れておく。サンスクリット語では能動態の命令よりも中動態による方が丁寧な言い方になる (125ペ),ギリシャ語では未来が好んで中動語尾をとる (137ペ ) という。その心は,<主体>性の尊重が丁寧に通じ,未来のプロセスにはいまだ agent を語れず,だろうと解釈したい。

文 献

Benveniste, Emile (1950年) "Actief et moyen dans le verbe"
この論文は Journal de psychologie 43 に発表され,彼の論文集 PROBLEMES DE LINGUISTIQUE GENERALE (Gallimard, 1966年) に収められている。この英訳本に PROBLEMS IN GENERAL LINGUISTICS (University of Miami Press, 1971年) がある。

Gonda, J. (1960年) "Reflections on the Indo-European medium"
Lingua 9 に発表され,彼の選集 SELECTED STUDIES Vol.1: INDO-EUROPEAN LINGUISTICS (Brill, 1975年)に収録されている。本報告での引用はこの選集のページによる。

Tendeloo, Dr. H.J.E. (1895年) MALEISCHE VERBA EN NOMINA VERBALIA

高津春繁 (1954年) 『印欧語比較文法』(岩波全書)

佐々木重次 (1978年)「インドネシア語の動詞体系における BER- 動詞と ME- 動詞の対立の意味(その2)」『東京外国語大学論集』28


第15回 (1984年) 日本インドネシア学会要旨から.なおフランス語アクセント記号を省いた点をお断りしておく.



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by sanggarnote | 2012-04-24 05:35 | 文法
2012年 04月 24日
bus wara-wiri
a0051297_358819.jpgアンチョール内を走るシャトルバス.ジャカルタの Sdさんから送っていただいた.手前に見える赤と青の壺のような二つは,ゴミ箱 tong sampah なのだろうと思う.

Cf. wara-wiri
http://sanggar.exblog.jp/15027453/

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by sanggarnote | 2012-04-24 03:58 | 語彙
2012年 04月 23日
玉之浦
a0051297_1823079.jpg20年前,1992年の写真である.こんなに見事な白覆輪の出る玉之浦の鉢を残念ながらその後枯らしてしまった.いまある玉之浦は今年は全然ダメだった.花はたくさんついたが,肝心の覆輪が白い糸みたいにしか出なかった.[Sg]



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by sanggarnote | 2012-04-23 18:23 | 身辺