2016年 12月 23日
日本語の被害の「される」
a0051297_616058.gif日本語の被害の「される」 とは,「ウチ=主体(自己,我々自身)」のコントロールの及びえない「ト」に,「雨が降る;子供が泣く;人が噂を立てる;週刊誌が書く」を位置づけて,そのときの我々の被害経験を表現する 「雨に降られる;子供に泣かれる;人に噂を立てられる;週刊誌に書かかれる」である.

この被害の「される」 に対して,尊敬の「される」は,相手の「ウチ」 を構成する(年齢やら身分やら地位やら)いっさいを無視して単なる「する」の出発点 Agent 扱いするのは相手に対して失礼である,という心理であろう.

参照: 大野晋「ウチとト」
http://sanggar.exblog.jp/23426872/

なお,インドネシア語から挙げられる例は,kehujanan (雨に降られる); kematian (死なれる); kecurian (盗まれる); ketahuan (知られる); kelihatan (見られる); kekurangan (不足に悩む); kelaparan (飢えに苦しむ) など,限られた KE-AN 動詞である.動詞一般に「する・される」がありそうな日本語とは異なっている.[Sg]



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by sanggarnote | 2016-12-23 06:16 | 文法


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